慈雨のイギリス留学日記

慈雨のイギリス留学日記

開発屋になりたい

もう会社のためにできることがないから、辞めます - 自分のキャリアを歩む

会社をやめました。5年強勤めた会社でした。

 

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もちろん留学のためです。でも、本当に留学だけだったのでしょうか。今日はちょっと気持ちの話なので、章立てせずにつらつら書いていこうと思います。

 

私が勤めていた会社は、まだまだ就活が厳しかった時期に、四苦八苦して内定を得て新卒で入った会社です。第一志望ではなかったのですが、いわゆる第一志望群の会社でした。それに、内定後も社内就活みたいなことを一生懸命やって、全く希望通り配属してもらいました。

そこまでして、手に入れたものをなぜ手放す気になったのでしょうか。

人間何かを選択するときに、メリットだけではできないと思います。すでに持っているものを捨ててまで、その外側にあるメリットを掴むのはとても難しい。では、どういうときに人が動くかといえば、手にしているものに、デメリットが生じはじめたときです。

少なくとも私の場合、現状のデメリットは、下手したら、開発学をやりたいって気持ちよりずっと強かったかもしれない。私は比較的、我慢強くないタイプなのでしょうね。どんなにデメリットがあっても、現状維持を重視する人もいますから。私の友達は「人間は経験のない天国より、馴染んだ地獄を選ぶ」って言っていたし。

 

 

私が勤めていた会社は、だいたい4年目までぐらいは飽きずに仕事ができますが、そのあたりで一度頭打ちになるという印象です。

新卒は、OJTという放置プレイによって、能力以上の丸投げをされます。能力以上の裁量が与えられているので、しんどいかもしれませんが飽きることはありません。(これが過剰になればブラック企業でしょうけれども、幸い私の会社はそういうところではありませんでした。)

でも、4年目ぐらいになって、能力が裁量に追いついて来たとき。その裁量の幅が全く変更不可能であることに気づきます。次の昇進は10年目の係長。でも先輩たちを見ていると新しいチャレンジと言えるほどの裁量拡大はないようです。では部下を持つ課長になるのはいつ?だいたい40代になってからですかねえ。

しかも、私はこの会社で是非やって見たいことが色々あったのですが、それはみんな部門を超えてやらなきゃいけなくて、そうすると少なくとも部長以上にならないといけなかった。工場でメーカーの改善根性叩き込まれていますから、仕事していると色々やってみたくなっちゃうんですよね。

もちろん、ただ文句言ってたばかりじゃないです。自分の裁量の範囲でできる改善活動なんかは、幾つもやりましたし、関係部署からもある程度評価を受けていたと思います。でも、そろそろ次のステップ進む時期だと感じていました。今ある裁量という洋服は、もうすでに小さすぎるもののように思われました。

 

 

私を焦せらせるのはキャリアだけではありませんでした。その事業は、あんまりいい状態じゃなかったんです。製品もいいし、市場も面白いし、人材だって揃ってる。でも何だかみんながどっちに向かいたいかわからなくて、成績は伸びなくて、上層部からの締め付けばかりきつくなって。

この状況を、みんなで打破しよう!って気持ち、私はありましたけど、みんななんだかどんよりしてエネルギーがわかないみたいでした。みんな危機感もあるし、一生懸命なのに。どこかで機能不全が起きていて、でもそれがわからなくて焦りだけが募っているようでした。

そう思うと、心配で、苦しくて、私も自分の裁量でできないなら、上司を動かそうと思って一生懸命働きかけました。でも、押しても引いても全然動かないんです。上司たちは、さらにその上から、いろんな締め付けを受けていて、大量の報告書を作ったり、説明をすることに終始させられていたのです。そんな時間なんて、なかったのだと思います。

私の会社は、典型的な年功序列の会社でしたから、今裁量を持っている部課長も、その上の人たちも、きっと、ずっと、ずーーーーーーーーーっと、自分の番を待っていたのではないかと思います。 だから、みんな自分のことに夢中で、下の声なんか聞こえないんでしょうね。それは誰の罪でもなく、組織全体の問題でした。

私はだんだん、この組織自体が、事業を発展させていくことを、私のような一人一人の社員が成長しながらさらなる貢献をすることを、本心では求められてないんじゃないかとさえ、思うようになりました。

そして、それをひっくり返すだけの力は、私にはありませんでした。

 

 

この会社で平社員としてできるチャレンジは、多分もうここまでです。私は会社のために一生懸命貢献することこそを求めているし、あらかじめ20代は挑戦の時期だと決めていました。自分のキャリアに責任を持つためにも、これは曲げられません。だから、この会社と事業のために私ができることはもう何もないと思ったから、この会社を去ることに決めました。

やりたかった仕事をやらせてもらって、本当に楽しかった。何もできない学生だった私にたくさんの機会を与えてもくれました。辞める原因になったのかもしれない、改善根性だって、この会社で得たかけがえの財産だったと思います。

だから、やめるのは、本当に悲しいです。

 

失恋したみたいな気持ちです。この事業が好きだったし、一生懸命いい関係を築こうとした。でも、何かが決定的に噛み合わなくて、それが露呈してしまった。だから、わかった以上はもう、これ以上、この会社と一緒にいることは私にはできないんです。

 

その時、突然記憶の中から立ち上がって来たものがあったんですが、それが開発学でした。子供の頃やりたかったこと。子供だった自分がやりたくてもできなかったこと。会社を辞めることさえ、もしチャンスならば、それを掴まなくてはならない。なぜなら、私は子供だった頃の自分の期待に答えたいから。

 

この辺の話は、また改めて。

ではでは。